【育児小説】新緑ノート第5話~ママ友の距離感

~児童館で知り合ったミサと、ダンスと音楽がコラボレーションしたイベントをすることになった3歳児の母ハルカ。

開催場所を決め、周りの協力を仰ぎ、イベントの計画が具体化していく。~



 

大人2人がキャッキャと盛り上がる中、子どもたち2人も男の子同士でおままごとに夢中だった。

『3歳ともなると、少しずつ相手とやりとりしながら遊べるようになるものなんだな』と、ハルカはケンタくんとカナトを横目に見ながら感心していた。

カナトは保育園や習い事に通っていない。親が積極的に児童館や支援センターに連れて行って、ある程度ほかのお友達と交流させることは大事なんだと気づかされる。

『おもちゃを取った・取られた』も、成長していく過程で大事なこと。親である自分も、そんな子どもたちのやりとりを頭ごなしに否定せず、見守らなくてはならない。

どんどん自我が芽生えて、きかん坊になっていく息子に辟易する日々だけれど、そんな姿を目の当たりにできるのも毎日一緒に過ごせているからだ、とハルカは自分に言い聞かせる。

それでも何度注意しても言うことを聞かないと、感情に任せてつい怒鳴ってしまう。

 

ハルカは怒鳴るたび、近所から苦情が来るのではないかと思う。でも、ハルカの一家が住む家の隣近所には高齢の人たちが多く、皆温かく見守ってくれているように思う。

顔を合わせるタイミングが多い、お隣に住むおばあちゃんには、
「毎日外に連れて行ってて、お母さん頑張ってるわね」と声を掛けられたことがある。

その言葉に対しての感謝を伝えた後に、「いつも私の怒鳴り声がうるさくてすみません…」
と言うとそのおばあちゃんは、

「いいのよ。昔は子どもがあんまり言うこと聞かないと外に出したりしてたのよ。今なら虐待って言われちゃうんでしょうけど、そういう時代だったのよ」と語ってくれた。
申し訳ない気持ちがありつつも、その言葉はハルカを優しく包んでくれ、心をスッと軽くしてくれた。

近所づきあいも希薄になっている今。
そんな中でも、カナトは近所のおじいちゃんおばあちゃんに可愛がってもらえる環境にいることが、ハルカにとって心強かった。そして、カナトを育てている親のハルカのことも、同じように優しく見守ってくれている。

出典:写真AC

 

感情をぶつけ合うことは決して悪いことではないけれど、

『一丁前に反抗してくるカナトに応戦するように感情を出してしまう自分は、ちゃんと親と言えるのだろうか』と、ハルカは時々自問自答する。

そんなことを冷静に考えられるのも、こうして他のママやその子どもたちと触れ合える場所があるからだろう。

現代にはそれ相応の、人との付き合い方やサービスの利用の仕方があるのかも知れない。ハルカもミサもその現代の子育て事情にどっぷり浸かっている世代だからこそ、自分の得意分野をうまく利用して、他のママ友も一同に介して出会えるイベントを思いついたのだ。

 

イベントをやるとなったらどんな内容にするか、2人は早速案を出し合った。ありがたいことに、開催場所はもう用意されている。

そう、ミサの旦那さんのお店だ。

主催する側が子連れだし、どうせなら親子で楽しめるイベントにしよう、ということになった。開催する時間帯は昼間。飲食の持ち込みをOKにすれば、小さい子どもも気兼ねなく連れて行ける。

「せっかく親子で来てもらうんだから、子どもは子どもで楽しめるように会場の中の色んなところにおもちゃを置いたらいいんじゃなかな?」ハルカはミサに提案してみる。

「そうだね!家にあって使ってないものでもいいし、なんか手作りしてみる?」ミサは、支援センターの手作りおもちゃにヒントを得て提案する。

手作りおもちゃなら、ダンボールやペットボトルがあれば色々できる。母親になると手作りの機会は何かとあるもので、イヤでも技術が身についていくものだ。

 

ハルカは、こんなふうに誰かと意見を出し合って何かやる、ということ自体がずいぶんと久しぶりな気がしていた。カナトと過ごす日々はもちろん楽しいけれど、大人と話す機会は出産前よりグンと減ってしまっている。

音楽活動をしていた頃、ハルカは自分で歌詞とメロディーを書いていて、常に誰かが発する言葉や表情、本の中の一節、映画の映像などに対するアンテナを張り巡らせていた。でもそれも、出産してからすっかり鈍くなっている。

それだけ子どもに対するアンテナが働いているということなのだけれど、そうなってしまっている自分に少し焦りも感じていた。

だから、ミサと出会ってイベントをやろうということになり、子どもに関わりつつも自分自身の楽しみも味わえるという期待ですっかり高揚していた。

「ミサちゃんと話してるだけでもすごい息抜きになるし、刺激になるなぁ」ハルカはふと、そう口にした。

「私も。なんか他のママ友とはちょっと違う感じで話せるよね」ミサの言ったことは、ハルカも思っていることだった。

 

ダンサーとミュージシャン。

ママ友としてはなかなかいない組み合わせだ。



ハルカには、音楽仲間がそのままママ友になった人が何人かいる。ハルカにとって彼女たちは、子どもを持ちながらどうやって音楽活動をしていくかを話せる貴重な仲間だ。

ミサは音楽仲間ではないけれど、ママでありながらアーティスト活動もする。それが2人にとって話しやすい点で、そういう活動とは無縁なママたちとの距離感とは少し違っていた。

 

2人は、子どもたちが遊ぶ手作りのおもちゃを手に取りながら、どんなものを作るかアイデアを出し合った。イベントは演奏とダンスがメインなので、“音楽”が重要なキーワードになる。

それならば、演奏に合わせて簡単なリズムを取ったりできるように、楽器になるものを色々作ってみようということになった。それ以外にも、魚釣りのおもちゃや小さなボールを転がして遊べるおもちゃなど、現役の子育てママらしく、2人の頭の中には次々とアイデアが浮かんだ。

 

最終的にたどり着いたテーマは、“既成のものに頼らず1から自分たちの手で作り上げる”、ということ。ハルカとミサは、準備期間中にはそれぞれ自分たちの子どもと一緒にそれを実現させようと話し合った。

 

出典:写真AC

 

それには、家事育児をこなしながら製作する時間が必要だし、ミサには仕事もある。同時に、肝心の音楽とダンスをまとめていく時間も必要だ。

そうなると、開催時期をいつにするかということもしっかり話し合わなければならない。ほぼ勢いで決めたイベントだけれど、2人だけの力でできることではない。

重要なのは、家族や友達など、周りの協力を得ることだ。場合によっては開催できないかもしれない。

 

2人はひとまず、生まれ出た卵を温めるようにイベントのことを一度胸にしまい、自分たちの子どもの名前を呼んで飲食専用の部屋へと移動して昼食を摂った。

普段家で摂る昼食とは違って、お弁当箱に入ったおにぎりやおかずを見て、カナトは思いっきり喜んでくれた。いつもなら“ママ、たべさせてー”と甘えてくるのに、せっせと1人で食べている。

『これなら家でもお弁当を作って食べさせた方がいいかもしれない』と思うほどだった。ちょっと工夫していつもと違うことをするだけで、子どもの反応はずいぶんと変わってくるものだ。

 

昼食を終えてまた乳幼児の部屋に戻り、1時間ほど遊んだところでケンタくんがぐずり出したのをキッカケに、帰宅することにした。

3歳になってもうほとんど昼寝をしなくなったカナトとは反対に、ケンタくんはまだしっかり昼寝をするらしい。カナトは、家に帰ったら録画してある大好きなアニメを見て、おやつを食べることを楽しみに、すんなり遊びを切り上げた。

 

出典:写真AC

 

ハルカはその日、夜に帰宅した夫に相談を持ちかけた。

 

『児童館で知り合って仲良くなったケンタくんのママと、イベントを開催しようと思っていること。』
『そのイベントでは、自分の音楽と彼女のダンスのコラボレーションを披露するつもりでいること。』
『親子参加型のイベントであること。』
『開催することについてどう思うか。』
『賛成してもらえるだろうか。』

 

ハルカの夫は、ハルカの熱意を汲んで答えてくれた。

「きちんとカナトの面倒を見ながらできるのであればいいよ」と。

その返事をもらってすぐに、ハルカはとびきりハイテンションなメールをミサに送ると、ミサからも同じくらい興奮していることがわかる返信が来た。

 

ついにイベントの開催が決定した瞬間だった。あとは日程が決まれば、本格的に始動だ。

ハルカもミサも、その後起こる様々なトラブルなど知る由もなく有頂天になっていた。

 

次回は来週公開~誰のためのイベント?

 

 

ライター みらこ
3歳男児に翻弄される日々を送る音楽大好きママ



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