【育児小説】新緑ノート第6話~誰のためのイベント?

 

~転居してきた街で知り合ったばかりのママ友と、ダンスと歌のコラボレーションイベントを計画中のハルカ。

夢中になれるものを見つけて有頂天のハルカだが、そんなイベントを快く思わないママ友もいて……。~




もう暦の上では春なのに、まだ寒さを感じる3月中旬。
ミサは、旦那さんのお店に出向いてイベントスケジュールを確認し、ハルカと開催するイベントの日程を何日かピックアップしてきた。

 

いちばん早い日程は5月5日のこどもの日。
あとは上旬から下旬まで所々空いていて、梅雨時期の6月から先は希望日を優先して選べるとのことだった。

やる気のボルテージが上がっているこの勢いで、準備期間約1ヶ月半で開催するか、じっくり煮詰めて夏が始まる頃に開催するか。

『多少慌ただしくなっても開催日を早く設定した方が、長い期間準備に子どもを付き合わせるよりは良いのでは』
という考えと、

『まずは個々の生活ありきでゆっくり余裕を持って開催するか』、
という考えで、ハルカとミサは悩んだ。

結果、主に子どもたちに楽しんでもらえるイベントにしたいという思いから、2人は5月5日を開催日に選んだ。

 

出典:写真AC

 

イベントで踊ることに慣れているミサは開催日までが長く感じたが、人前で演奏して歌うことからしばらく遠ざかっているハルカには短く感じた。

今は、カナトの好きな童謡のCDをかけて鼻歌を歌う程度にしか歌っていないから、これから本番に向けて少しずつトレーニングをしなければならない。
ピアノを弾く指も慣らさなくてはならない。

家事育児をこなしながら、ピアノを弾いて歌う余裕なんてあるのだろうか。

 

ハルカは、開催日が決定した途端に急に不安になってしまった。
でも、夫にも了解を得て決めたことだ。

音楽仲間には、2人も3人も子どもを育てながら音楽活動をしている人だっている。
これは単純にやる気の問題だ。

子どもがいるからできない、なんてただの逃げだ。
ハルカは気合いを入れるべく、開催日を決めたその夜カナトが眠りについた後、早速電子ピアノに向かった。

 

「今からイベントのために曲を作る必要はないから、今までハルカちゃんが歌ってきた曲で踊りたい」
とミサが言ってくれたので、何曲かピックアップしてひと通り演奏してみる。

歌い始めると、意外にも鍵盤を叩く指はその感覚を覚えていて、歌詞もスラスラと出てきた。

「これならいける」
と少し自信が出てきたハルカは、つい遅い時間まで演奏の楽しみを味わってしまった。

 

日中は公園や児童館、支援センターで遊ばせた後、自宅でイベント用のおもちゃ工作に励み、夜は演奏の練習に励む日々を送るハルカ。

ミサは、一時保育や両親にケンタくんを預けて、週に何日かダンスのインストラクターとしての仕事に励み、空いた時間にハルカの曲に振り付けをつけたり、工作に時間を費やしていた。

 

 



 

そして4月に入った頃、2人はイベント開催を知らせるべく方々に声を掛け始めた。
身内や古くからの友達、お互いの活動を通して知り合った仲間、そしてママ友。

「面白い企画だね」と言ってくれる人もいれば、「子育てしながらできるの?」と心配してくれる人もいる。

面白い企画だから、子育てしながらでもやるんだ!
2人はそんな気持ちでイベントの準備を進めていた。

 

そんなある日、引っ越す前に暮らしていた街で仲良くなったママ友から、久しぶりに連絡をもらったハルカ。

数人の共通のママ友とその子どもたちと、みんなでランチをしようというお誘いだった。
みんなでワイワイできて子どもたちの成長した姿も見られるんだから、断る理由はない。

イベントの開催を知らせる仲間は有り難いことにたくさんいて、彼女たちにはまだ知らせていなかったので、会った時にみんなにそれとなく声を掛けてみることにした。

 

そしてランチの日。

自宅近辺を行き来してばかりの日々の中で、久しぶりのよそ行きにウキウキしていつもよりオシャレしてワンピースを選んだハルカ。
カナトには、普段遊びに出る時にはあまり着せる機会のない前開きの紺色のシャツを着せた。

 

ママ友の1人が予約してくれた子連れOKのお店に到着し、集まった4組の親子はメニュー表を開くより前におしゃべりを始めた。
こういう時いつもまとめ役になることが多いハルカは、みんなの食べたいメニューを取りまとめて注文した。

 

出典:写真AC

 

3歳ならではの子育ての大変さや、何がどれくらいできるようになったとか、どんなことに興味を持って遊んでいるかなど、ひとしきり子どもの話題で盛り上がる。

そして、ワーキングママの仕事のことや専業主婦のママの日常のことなど、徐々にママたちの近況報告に移る。

そこでハルカは、タイミングを見計らってイベントの話を出した。
音楽活動をしていたことはみんなには話してあったけれど、子育て真っ最中の今イベントをやるということに一同は驚いた。

 

「すごいねー!楽しそう。でも大変じゃない?」

「いいなぁ、そういう楽しみがあるって羨ましい!」

「私なんてこの子の相手で手一杯だよー」

「昼間だし持ち込みOKだし、おもちゃもたくさん用意してるから是非来て!」
とハルカが言うと、

「歌も聴きたいしダンスも見たいし、予定合わせて行くよー!」

「みんなで行こう行こう!」
とママ友たちは誘いに乗ってくれた。

 

今までの音楽活動の経験から、ハルカは内心、

(今はノリで言ってくれてるだけで、実際はなかなか来てもらえないだろうな)

と思ったのだけれど、子どもを介しての付き合いのママ友たちが、単純にイベントに興味を示してくれたことが素直に嬉しかった。

 

それから数日後。
ランチに参加したママ友のうちの1人、ナナからメールが入った。

何気なくスマホを手に取ってメールを開くと、こんなことが書いてあった。

 

『この間のランチ楽しかったね!そしてイベントのお誘いありがとう。

ひとつ言っておきたいことがあってメールしたんだけど…
カナトくんママが、親子で楽しめるようにってイベントを企画してるのは素敵なことだと思う。

でもイベントやるのって企画してる人だけで成り立つものじゃないし、その準備の間にもカナトくんは引っ張り出されるわけだよね?
お金だって掛かるだろうし。

私はそういうの、あんまり賛成できないんだよね。
あの時はノリで行くって言っちゃったけど。

もちろん、それはカナトくんママ自身のことだし私が口出すことじゃないんだけど…
子どもが成長していく大事な時だし、自分のやりたいことに一生懸命になって子どもを引っ張り回すのはどうなのかなぁ、ってちょっと思ったの。

突然こんなこと言ってごめんね。
悪気は無いってことだけはわかってね。

カナトくんすごくいい子だから、どこかで我慢してたりしたら可哀想だな、って思って。
なんか余計なお世話だよね、ごめんね。

どうしてもそれだけ気になっちゃってメールさせてもらいました。
当日は楽しい1日になることを祈ってます。』

 

ハルカは、痛いところを突かれた気持ちと、そんなふうに後になってメールで言ってくるナナへの苛立ちから、ちょっとしたことでついカナトに怒鳴ってしまった。

 

出典:写真AC

 

ダメだ、これじゃただの弱い者いじめだ。

ごめん、カナト…

急にどん底に突き落とされたようで、なんだか悲しかった。
そしてそれを子どもにぶつけてしまった自分が情けなかった。

 

でも…
やるって決めたんだ。

 

ママが楽しんで何かに打ち込んでいる姿を子どもに見せるのは、決して悪いことじゃない。
色々吸収できる時期に、楽器を弾く楽しさや、音楽にのせて好きなように踊る楽しさを、ただ子どもたちに伝えたいだけなんだ。

もちろんそれは普段の生活の中でもできることだけど、同じ子どもを持つパパやママにとっても、ちょっとしたストレス発散の場になればいい。

 

そんな願いが込められたイベントは、もう既にたくさんの予約が入っていた。

おもちゃ作りや個々の練習は着々と進んでいたのだが、ナナからのメールで少し気持ちが不安定になったハルカにつられるように、滅多に風邪を引かないカナトに風邪の症状が現れていた。

 

 

次回は来週公開~トラブル続き

 

 

ライター みらこ

3歳男児に翻弄される日々を送る音楽大好きママ

 

 



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