【育児小説】新緑ノート第9話~開幕

~ママ友ミサと音楽イベントを開催することにしたハルカ。

子育て以外のことに熱中できる時間は何より楽しい。
だが、子供の発熱、他のママ友からの忠告、夫からの指摘を受け、心が揺れる。

そんな思いをミサに伝えるが……。~



ハルカがイベント続行に難色を示している内容のメールを送ってきたことに、ミサは驚きを隠せなかった。

「これが勢いで決めてしまった結果なのだろうか。」
「でも今更取りやめるなんてことはしたくない。」
「楽しみにしてくれている仲間がたくさんいるのだ……!」

ミサもまた、子どもを寝かしつけた後にハルカの思いにじっくりと心を寄せ、返信のメールを打っていた。

“メールありがとう。
ハルカちゃんがイベントやることを不安に思ってるのはわかったよ。
子育てしながらやるのは確かに大変だし、なかなか思うように進まないのもわかる。
でも、人に言われたから、ってだけで気持ちが揺れてしまってるってことは、ハルカちゃんのやる気はそんなもんだったんだ、って私は思っちゃうな。
ハルカちゃんの意志はどこにあるのかな?

もしハルカちゃんにやる気が無いならやめよう。
中途半端な気持ちでやる方が子どもたちにも良くないし。

それに、ハルカちゃんも音楽やってきてるからわかると思うけど、ちゃんと見せられるものができないのにステージに立つことは、お金払って見に来てくれるお客さんに失礼だよね。
イベントやるのダンナのお店だから私からすぐ伝えられるし、キャンセルしたいなら言ってね。“

ミサはメールを打っている間に、煮え切らないハルカの思いに苛立ってきてしまい、ついトゲのある文章になってしまっていることに気づいた。

気が合ったと言っても、まだ出会ってから日も浅い相手なのだ。
彼女もきっと気を遣って、よく考えた末にメールを送ってきているはずだ。

出典:写真AC

 

それでもミサは、ハルカのメールを見て正直に思ったことだから、そのまま返信することにした。
こういう時互いに直接会ったり電話で話したりするのではなく、じっくり考えて書いたり消したりしながら思いを綴るメールで伝え合うのは、それぞれ音楽とダンスを表現の手段とする2人の特徴なのかもしれない。

相手の反応を知るのにワンクッション置きたいという気持ちがどこかにあるのだろう。
友人歴が短い相手なら尚更だ。

ミサは少し緊張しながらハルカからの返信を待った。

ミサにメールを送信した直後に夫が帰宅し、ハルカも家庭という円の中に帰り、しばし行き止まりの淵から離れた。
その後メールのチェックをしたのは夫の入浴中だった。

ハルカはミサからのメールを何度も読み、同じ方向を見ていながらもミサのイベントに対する姿勢や思いを踏みにじってしまっている、と自責の念に駆られていた。

いつの間にかリビングに戻って来た夫が、スマホを手に難しい顔をしてソファーに座っているハルカの頭にポンと手を置いた。
「どした?」

「あ、ごめん、お風呂上がったんだね」
「うん。何かあった?悩んでることあったら聞くよ」

ハルカの夫は、夜遅く帰って来て疲れていても、身近な存在から発せられる曇り空のような空気感をしっかりと受け止めようとする。
そしてそこに晴れ間を作るエネルギーをいつも蓄えているのだ。



「うん…。実はね、今朝パパに言われたこととかも含めて、このままイベントやれるのかちょっと不安になってるってことをミサに伝えたの。そしたら、ハルカちゃんのやる気はそんなもんだったの、って。やる気が無いならやめよう、って返事が来てて」

悩んでいることを声に出して夫に伝えるだけで、心の中のモヤモヤが1つにまとまった気がした。

「そっか。本番まであとどれくらいだっけ?」
「20日くらい」

夫は何も映っていないテレビの画面を見つめて少し間を置いてから、ハルカの方に向き直った。
「だったら十分できるんじゃないか?
ほら、あれだよ。マリッジブルーとかマタニティブルーとか、多分今そんな感じなんだと思うよ」

夫のその例えに、ついさっきまで悶々として出口を見つけられなかった頭の中の回路が整然となった。

「何ていうかさ、ハルカは色々考えすぎなんだよな。
あれもこれもきっちりできなくたっていいんだよ。
少なくとも俺はイベントやることに反対してないんだから、もっと自信持ってやっていいんだよ。
もちろん、今朝言ったみたいにカナトを中心に考えてやってほしいっていうのは第一条件だけどさ。
日中できなくても夜は練習する時間あるんだし、それで十分本番に間に合うと思うけどな」

夫の言う通りだ。
私は何を尻込みしているのだろう。

毎日夜泣きに悩まされているわけでもないし、夫から反対されているわけでもない。
家事育児を理由にするほど時間が取れていないわけでもない。

そんな恵まれた環境にいながら、私は何を不安になっているのだろう。

「でも、一度立ち止まって考え直すっていうのは大事なことだよ。
そのまま突っ走って周りが見えなくなるより全然いい。
ちゃんとカナトのこと考えてる証拠だよ。
まぁ、あと俺から言えるのは、そう言う大事な話はミサちゃんと会って顔見て話した方がいいよ、ってことだな」
そう言って、夫はまたハルカの頭にポンと手を置いた。

「そうだね、うん、ありがと」

私はやっぱり子どもだな。
ハルカは、雲間に差した光に感謝した。

出典:写真AC

 

翌日、ハルカは早速ミサに連絡をした。

お互いすぐに動ける日だったので、支度ができ次第行ける時間に行く約束をして、支援センターで顔を合わせることにした。
幸い他に利用者がいなかったので、きちんと話し合うことができた。

ハルカは、イベントを前にやる気を削ぐような発言をしてしまったことをミサに謝り、ミサはそれに対して冷たい対応をしてしまったことをハルカに謝った。

「イベントはやめない、絶対やる。
ここでやめたら、協力してくれてる家族のことも、楽しみにしてくれてるお客さんのことも裏切ることになる。
今まで付き合ってくれてるカナトのことも、何よりミサちゃんのことも。
今まで準備してこられたんだから、あともう少しだけ頑張ればいいんだよね」

ハルカは自分に言い聞かせるようにそう言った。

「そ!そういうこと!
それで、“頑張る”っていうのも取っ払っちゃおうよ。
とにかく私たちが楽しい気持ちでいること、それだけ。
至ってシンプル!」

ミサもハルカの夫のように、曇り空を吹き飛ばしてすっきりとした青空を見せてくれる。
本当に有り難い存在だ。

ハルカはその後のミサとのリハーサルには、近くに住む両親を頼ってカナトを預けたり、夫が休みの土日にやったりと、堂々と周りの助けを借りることにした。
両親は可愛い孫の面倒を喜んで見てくれ、ハルカは今まで1人で頑張ろうとしていたことを反省した。

そして、5月5日。
いよいよイベントの日がやって来た。

出典:写真AC

 

ハルカとミサは、ダンボールやペットボトルで作ったたくさんのおもちゃを並べ、早い時間から会場の飾りつけを始めた。

本番前の最終リハーサルも終え、そろそろ開場の時間。
だんだんと胸が高鳴ってくる。

手伝いで来てくれた友達が受け付け係となって、お店の中へお客さんを招き入れる。
休日とあって、家族みんなで来てくれている人がたくさん。

そしてなんと、ハルカにメールを送ってきたナナも、子どもを連れて他のママ友と一緒に来てくれている。
彼女からのメールを見て、来ないものと思っていたハルカにとってとても嬉しいサプライズだった。

会場となるお店へ足を踏み入れた瞬間、あちこちに散りばめられた手作りのおもちゃに目を輝かせる子どもたち。
そんな顔を見ているだけでも、このイベントを開催した意味がある。

そう確信したハルカとミサは、今日1日が大人にとっても子どもにとっても最高の1日になるように、自分たちも楽しもう、と弾けるような笑顔でイベントの幕を開けた。

次回は来週公開~和解

ライター みらこ
3歳男児に翻弄される日々を送る音楽大好きママ



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