
〜絵本と朝日と夕日と。第1話
美術学校を卒業し、就職、結婚をしたアサコ。なかなか子供に恵まれない中、同じ悩みをもつ旧友ユウコと再会する。その後アサコは妊娠、出産をするが、そのことを知ったユウコは……?!~
子育ての現実はイライラとの闘い
「早くしなさい!」
私は今日も、言いたくなかった言葉をハルに向けて放ってしまった。
息子のハルは3歳。
来年から幼稚園で、現在は2週間に1度プレ幼稚園に通っている。
ハルなりに毎回、前日から楽しみにしているのだが、だからと言って支度がはかどるわけではない。
特に時間が掛かるのは食事だが、出かける直前の玄関先もグズグズすることが多い。
食事に関しては、滅多に怒らないパパが一緒だと、甘えに甘えてなかなか自分で食べようとしない。
モタモタしている間にパパは仕事に出かける時間になってしまい、さすがに温厚なパパも言葉がきつくなる。
そうすると、グズり出してついには泣くパターンとなり、余計に時間がかかってしまう。
私は、パパがハルに何か注意したりする時はほとんどおまかせモードで、何も口出ししないことにしている。
それでも、私ならもうこの時点で怒鳴ってるな、と思うところでも穏便に対応するパパを見ていると、つい口を出したくなってしまう。
でも親が同時にあれこれ言うのはきっと子供にとっては良くないという思いから、パパとはいつも、
『どちらかが怒っていたら、どちらかはハルの逃げ道となる役割を担うようにしよう』
と話している。
私に怒られてばかりのハルは、パパがいないと逃げ道が無くなる。
だから、パパがいる時はこれでもかというくらい甘えてしまうのだろう。
本当は息子に怒りたくないのに
本当は私だって怒りたくない。
それはいつだって思っていることだ。
それでも怒ってしまうのは、ちゃんとハルのことを気にかけて見ているからだ、と自分に言い聞かせることにしている。
それに、ママは家事と並行して育児に追われる日々を過ごしているから、
『これが終わったら次はあれやって……』と常に頭はフル回転していることになる。
『もうちょっと余裕持って』なんて周りは簡単に言うけれど、ママの頭と心の中は色んなことがぐちゃぐちゃと絡み合っていて、
『そんな単純な話じゃない!』と反発したくなってしまうのだ。
大泣きするハルにうしろ髪を引かれながらパパは家を出た。
私はそっとハルの涙をふいて、
「ママが食べさせてあげようか?」
と聞くと、ハルは素直に、
「うん」
と返事をして落ち着きを取り戻した。
私が食べさせて何とかスムーズに食事を終えたものの、すぐに自分の準備に取りかからないと間に合わない時間になっていた。
部屋の掃除やキッチンの洗い物までやり切って出かけるのはとても無理だ。
でもハルにしたらそんなことはお構いなし。
「ねぇママぁ、いっしょにあそぼぉ」
ハルのマイペースな発言に、私はもうイライラモードになってしまっていた。
「ママはまだお支度が終わってないの!
掃除も洗い物もできてないの!
遊んでるヒマなんかないんだからね!」
あぁ、またこんな言い方。
なんだかハルのせいにしているみたいだ。
ママはずっと自分のそばにいて1日を過ごしているのに、パパは仕事だからと家を空けて夜まで帰ってこない。
3歳のハルにとって、パパとママが揃っていない時間はとてつもなく長く感じるのではないだろうか。
だからこそ、パパのいない間はハルに寂しい思いをさせないように向き合おうと思うのだが、常に優しく穏やかに接することはなかなか難しい。
着替えをさせようとするも、ふざけて逃げ回るハルにイライラしてガミガミ怒ろうものなら、ハルも当然のごとく不機嫌になる。
そうすると、ハルはママの気を引きたい一心でどんどんワガママになっていく。
結局は私自身が引き起こしている負の連鎖によって、最終的にハルに罵声を浴びせてしまうことになるのだ。
「言うことを聞きなさい!!」
こんなことなら、私がもっと早く起きて先に自分の支度を済ませておけば良かったと、自分に対してのイライラも募っていく。
息子に怒ってしまった自分に反省してまた繰り返す毎日
怒りつつもなんとか準備を済ませたら、やり切れなかった家事は後回しにすることにして、グズつくハルの手を引いてプレ幼稚園へと向かった。
目的地に着くまでに、“怒ってるところなんて想像できない”ママモードに切り替えて、現場に入ったら口角の上がった優しいママを演じる。
その役柄がいつの間にか本来の姿に変わり、温かな血のつながりを感じる親子がそこにいる、愛にあふれたシーンが自然と生まれるのだ。
やっぱり息子は可愛い。
どんなにイライラして怒っても、素直にそう思える。
そして、そんな私の気持ちが態度に表れるとハルも素直になり、
「ママ、おこらせてごめんなさい」
と申し訳なさそうな声で言う。
その言葉にまた私は反省する。
毎日その繰り返しだ。
プレ幼稚園で過ごす間に私の気持ちもリセットされ、帰りは穏やかに会話しながら家路についた。
パパからのプレゼントが思い出させてくれたこと
その夜、パパが小さな可愛い花束を手に仕事から帰ってきた。
なぜか今日はいつもの帰宅を知らせるメールがなく、お腹を空かせてグズグズしだしたハルに私はまたイライラして、パパの帰りを待っていた。
メールを送っても返事がない。
イライラしながらも、『何かあったのでは……』と不安になって電話をかけると、何のことはなく普通に電話に出たパパは、もう最寄りの駅まで帰ってきていた。
心なしかホッとして、夕食のテーブルセッティングをしながらパパの帰宅を待った。
しばらくしてやっと帰宅したパパは、『今日は結婚記念日だから』、と私に花束を手渡してくれたのだった。
パパが私を思って花を選んでくれている間、私はイライラと不安でいっぱいだった。
その上私は、不覚にも今日が結婚記念日だったことをすっかり忘れていた。
私の心はなんて狭い範囲で動いているのだろう。
そんな特別で急なプレゼントのやりとりをするパパとママを見て、ハルが言った。
「きょうどんなひ?」
するとパパが、
「今日はね、パパがママと結婚した日なんだよ」
と優しく教えた。
私はだいたい毎日の食事のこと、ハルのことで頭がいっぱいで、パパはどうしても子どもを介しての、子ども越しの存在になってしまう。
子供がいることは喜ばしいことなのだが、パパとはだんだんワンクッション置いた関係になっていっている気がしていた。
そんな私を、パパは今一度、結婚した当初に引き戻してくれのだ。
友達の結婚によって引き寄せられたパパとの出会い
パパとは、私の高校時代の友達、エリナの結婚式の披露宴で知り合った。
パパはエリナの旦那様の、会社の同僚だった。
IT関係の会社に勤めるパパは、とても知的な印象ながら少年のような笑顔が魅力的で、私の席からは離れていたものの、パッと目に入った時から気になって仕方がなかった。
そしてその披露宴で、エリナが私のことを紹介してくれた場面があった。
エリナは、美術学校を卒業した私に、披露宴会場に飾るウェルカムボードに絵を描いてほしい、と事前に頼んでくれていたからだ。
そして披露宴が終わって会場を出る時に、パパの方からそれとなく私に声をかけてきてくれた。
絵が好きで美術館巡りが好きだというパパと私はすぐに意気投合して、最初から結婚を意識したお付き合いが始まった。
私の両親は、なぜか“結婚、結婚”と言うタイプではなくて、私もパパと出会うまではそれほど結婚について真剣に考えたことがなかった。
でも、いざ私が『結婚したい人がいる』と打ち明けると、両親はやっとこの時が来たとばかりに大いに喜んでくれた。
そして晴れて結婚し、2人の生活が始まると、『早く孫の顔が見たい』と言い出すようになった。
そして幸せいっぱいのはずの今
その両親の願いも叶い、今パパと私の目の前にはハルがいる。
それがどれだけ奇跡的で幸せなことなのか、花束のプレゼントによってパパは改めて実感させてくれた。
しかし結婚した当初は、子供を授かるまで3年の時を要するとは、夢にも思っていなかった。
次回は来週公開〜子ども
ライター みらこ
3歳児に翻弄される日々を送る音楽大好きママ