【育児小説】新緑ノート第10話最終回~和解

~児童館で知り合ったママ友と、お互いの特技を活かした親子の為の音楽イベントを開催することになったハルカ。

子供の発熱や、他のママからの否定的な意見、夫からの忠告に心は揺れるが、ミサと話し合いイベントは実現することに~



子どもたちが自由に手作りのおもちゃで遊んでいる間、親同士は軽く食事を摂りながら語り合ったり、ミサのダンサー仲間は店内でかかっている音楽に合わせて軽く踊ったりしていた。
ハルカもまた、これから演奏するキーボードに興味を持った子どもたちに好きなように弾かせてみたり、子どもたちも知っている童謡のメロディーを弾いて何の曲か当てさせたりして遊んだ。

ミサは時々、カウンターの中にいる夫に声を掛けてはイベントの進行の確認をする。

ミサの子どもケンタくんは、孫の面倒を見がてら来てくれたミサの両親と共に手作りおもちゃに夢中になっている。
ミサの両親は、娘が教えるダンスクラスに仲良く通うほどアクティブな夫婦だ。

ハルカはカナトを夫に連れて来てもらい、カナトがお腹を空かせているというので先にランチを勧めた。
お客さんにはそれぞれ遊んだり食べたり飲んだりして過ごしてもらい、ハルカとミサは、頃合いを見計らっていよいよステージを始めることにした。

出会ってすぐに意気投合して、ほとんど勢いで決めたイベントも、今こうして現実に行うことができている。
家族や友達、周りの協力が無ければここまで来られなかっただろう。

ハルカとミサは、自分たちを取り巻く温かな世界に感謝の気持ちを込めて深呼吸し、ミサの夫が流すBGMに乗ってステージに上がった。

ミサが代表して軽く挨拶をし、ハルカの奏でる美しいメロディーから始まった。
時に滑らかに、時に激しく鍵盤の上を踊るハルカの細い指と、その音に合わせて小さなステージの上を余すところなく使い、豊かな表現力を持って踊るミサの小さな身体。

静と動を織り交ぜた2人の魂の込もったパフォーマンスに、その場にいるみんなが集中して密な空間を作り出していた。
目に見えるようなほとばしる情熱は、小さな子どもたちをも引き込んだ。

出典:写真AC

 

そして中盤あたり、ふと鍵盤から顔を上げた瞬間にハルカの目が捉えたものがあった。
それは、涙を流しながらステージを見ているナナの姿だった。

演奏し歌いながらそんなダイレクトな反応を知ることは、やはりライブという生の舞台でなければ体験できない。

言葉はなくても、お互い何かを伝え合えて、共鳴し合えている。
まるでハルカとミサの音楽とダンスのように。

ハルカは、ナナから受け取った静かなる思いを胸に、より一層心を込めて音を奏でた。
それは踊るミサにも空気を伝って届き、まるでミサの身体から音が発せられているかのようなダンスになっていった。

放て。

放て。

思いを放て。

2人のステージは、ハルカの歌声に乗ったその言葉を最後にフィナーレを迎えた。
パフォーマンスを終え、清々しい表情の2人に降り注ぐたくさんの拍手。

緊張と集中の後に得られる確かな解放感を、ハルカは久しぶりに感じていた。
お客さんの集中力も解け、再び和やかな空気が戻った店内は、季節を忘れるほどに熱気を帯びていた。

その後、簡単なゲームを利用して、ハルカとミサが用意した手作りおもちゃの数々を、来てくれた子どもたちにプレゼントする企画に移った。
さっきまで遊んでいたおもちゃを、自分の物として持ち帰ることができるなんて全く想像もしていなかった子どもたちは、最高に嬉しそうな顔をそれぞれの親に向けていた。

「みなさん、荷物増やしてすいません!
こんなガラクタいらない、とか言わないでねー!
こういうガラクタこそが、子どもの自由な発想を促してくれるものだと思ってます!

このおもちゃたちがおうちの中で活躍してくれたら本当に嬉しいです!
そして、今日のイベントのことも一緒に思い出してくれたらもっと嬉しいです!」

マイクから発せらるミサの陽気なトークは、たくさんの笑い声で温かく包まれた。

出典:写真AC

 

ハルカもミサからマイクを受け取り、感謝の言葉を述べた。
「みなさん、今日は私たちのイベントに来てくださって、本当にありがとうございました!

3月半ばにこのイベントを開催することを決めて、子育てしながら準備するには決して長くはない期間を経て、なんとか今日を迎えることができました。
ずっと順調に準備できてたわけではなくて、途中、本当にやれるのか不安になって、一度立ち止まって2人で話し合ったりもしました。

小さい子どもを抱えながら、本当に今やるべきことなのか?
何度も自問自答しました。

でも、子育てを理由にするようなことは絶対したくなかったんです。
子どもたちの創造力も発想力も豊かな今だからこそ、やりたいと思ったんです。

そして今日、そんな子どもたちの笑顔やおもちゃで遊んでいる時の表情、私たちのパフォーマンスを見ている時の表情を見て、イベントを開催したことに間違いは無かったと、そう確信することができました。
だから、今日まで支えてくれた家族、手伝ってくれた友達、そして、“こどもの日”の今日、他にもたくさんのイベントがあったと思いますが、ここへ来ることを選んでくれたみなさんに、本当に本当に感謝してます!

それからこのお店でイベントを開催させてくれたマスター!
ミサちゃんの旦那さんです、ありがとうございました!

そして!
企画から準備、開催まで共に走って来たミサちゃん、お疲れ様でした!
ありがとう!」

ハルカとミサは軽くハグをした後、お客さんに向き直って手を繋ぎ、マイクを通さず声を揃えた。
「今日は本当にありがとうございました!!」

すべてのプログラムが滞りなく進み、無事にイベントは幕を下ろした。
ハルカとミサは、会場を後にするお客さんたちを見送るため、お店の出口に並んで立った。

一言二言言葉を交わしてお客さん1人1人を見送る中、娘の手を引いたナナがハルカの前で立ち止まった。

「今日は素敵な時間をありがとう。
ハルカさんもミサさんも、とてもカッコよかった。

娘がね、“わたしもピアノひきたい!ダンスやりたい!”って、演奏が終わった後からずっと言ってるの。
すごく生き生きした顔で言うから、なんか私嬉しくて。

だから、ハルカさんにはすごく感謝してるの。
今日は来て良かった。
メールで言ったこと、本当にごめんね…。」

ハルカのことを初めて“ハルカさん”と呼んで涙ぐむナナを、ハルカはそっと抱きしめて背中をポンポンと優しく叩いた。

「いいのいいの。
私、ナナさんからのメールが無かったら、周り見ずにそのまま突っ走っちゃってたと思うから。
一度立ち止まって見つめ直す機会作ってくれたの、ナナさんなんだよ。
だから私も感謝してる。
本当にありがとう」

ハルカもナナのことを“ナナさん”と呼び、一個人としての彼女に感謝を伝えた。



ハルカとミサは、その後も続々と出口に向かうお客さんと向き合い、時に子どもに目線を合わせ、たくさんの“ありがとう”を伝えて見送った。

最後のお客さんを見送った後、2人は一気に力が抜けたように、
「あ〜〜、終わったぁ〜〜」
と、へなへなとその場に座り込んだ。

心地良い疲れを感じながら、少しの間言葉無く余韻に浸る。

そんな2人を労うように、カウンターの向こうからミサの夫が声を掛ける。
「おふたりさん、こちらへどうぞ。美味しいコーヒーが入りましたよ」

「ありがと!」
「ありがとうございます!」

2人は立ち上がってカウンターの席に座り、熱いブラックコーヒーを堪能した。
今日1日でどれくらいの“ありがとう”を伝え合っただろうか。

家に帰ったら、改めて夫とカナトにも伝えよう。
ハルカは、優しい夫と可愛いカナトの顔を思い浮かべた。

出典:写真AC

ハルカとミサは、1つのことを成し遂げた達成感を胸に、後片付けを済ませて外に出た。
穏やかな太陽の光と気持ちの良い爽やかな風が2人を包む。

大成功を収めたイベントの帰り道は、新緑の薫りがしていた。

ライター みらこ
3歳男児に翻弄される日々を送る音楽大好きママ



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