【育児小説】新緑ノート第3話~夢追いママ

~3歳の息子カナトと行った児童館で、ハルカはある親子に出会う。

子供は同じ性別、同い年。
ママ同士で自然と会話が始まった。~




「家はこの辺ですか?」
「うん、ここから歩いて5分くらい。住所で言うとK町です」

「一緒一緒!うちはここから歩くと10分くらいなんだけど、同じ町内ですね」
「そうなんだ!なんか嬉しいな」

2人は、初対面ながらウマが合いそうなテンポをお互いで感じ取り、敬語と友達口調が入り混じったぎこちない会話からすぐにも抜け出せそうだった。

「旦那さんの実家がこっちとかですか?」
彼女はハルカの一家が引っ越して来た理由を知りたがった。

「ううん、この辺は私の実家が近いんです。前に住んでたマンションだと3人で暮らすには手狭になってきて、ずっと家探してたんですよ」
「てことは一軒家?」

「うん」
「いいなー!一軒家憧れる!」

聞けば彼女の家は、旦那さんの実家の隣に建っているマンションの一室だと言う。
彼女の義理の父親がオーナーということだ。

出典:写真AC

 

児童館の入り口に立ち止まって喋り出したママたちに、小石や落ち葉では間が持たない子どもたちが飽き始めていた。
ちょうど児童館の裏に、滑り台が1つだけ設置してある公園があり、そこに場所を移すことにした。

おもちゃから引き離されたものの、まだ遊べるとわかって喜ぶ子どもたちに安堵感と罪悪感を抱きつつ、ハルカと彼女はそこで話の続きを始めた。

「やっぱり一軒家っていい?」
と彼女がハルカに聞く。

「うん、マンションだと子どもの足音とか気にしないといけないけど、一軒家はそこまで気にしなくていいから気分的に楽!」
「そうだよねー。うち2階だからすごい気遣うんだよね。今のところ苦情は来てないけど」

ケンタくんもカナトも男の子だし、これから少しずつ体も大きくなってどんどんヤンチャになっていったら、と思うと、やはり音の問題は大きい。
それに加えてハルカの家は、楽器の音のこともある。

「実は私も旦那もずっと音楽やってて、楽器弾いたりするから、それもあって一軒家に決めたの」
ハルカがそう言うと彼女は、

「え!ミュージシャン?!」
と、目一杯の驚きの表情を見せた。

ハルカは初対面の彼女に打ち明けたことにドキドキしながら、
「今は子育てでそれどころじゃないけどね」
と照れながら答えた。

世間から見れば、40代目前の専業主婦が“音楽やってる”なんて言ったって、“趣味の延長”と捉えるのが普通の感覚だろう。
だけど、ハルカにとっては小さい頃から慣れ親しんだ音楽は、生活の中で切っても切れない存在であり、聴くだけでなく生み出すものでもある。

売れる売れないは関係無い。
大袈裟ではなく、自分の生きた証として後世に残したいと、カナトを産んでから強く思うようになった。

そのことを、彼女には伝えてもわかってもらえると、何となく思ったのだ。
そこまで考えて選んだ家なのだと。



急に熱く語り出したハルカの思いに感動した彼女も、こう打ち明けた。

「うちの旦那が昔、都内の飲食店で働いててさ、イベントスペースもあったから、私そこでよく踊ってたんだ」
「え!ダンサー?!」

ハルカもまた、目一杯の驚きの表情を見せた。
でもそれは、予想していた通りだったことへの歓喜をも含む驚きだ。

「最初に見た時からダンサーっぽいなぁって思ってたんだ!やっぱりそうだったんだ!」
ハルカは興奮してしまった。

ハルカ自身もダンスには昔から興味があり、ほんの一時、ジャズダンスを習いに行っていたことがあった。
彼女も最初はジャズダンスから入り、今はヒップホップダンスを専門にやっていると言う。

「踊ってるとこ見たい!」
と、ハルカは彼女に興味津々だ。

「じゃあいつかね!」
とちょっと照れたように返す彼女。

気づけばすっかり友達口調になっている2人は、とてもさっき初めて出会ったとは思えないくらいの距離感だった。

「そう言えば名前聞いてなかったね。私はハルカ。名前は?」
「私はミサ」

2人は、子どもの名前は紹介し合ったものの、自己紹介するのもすっかり忘れて話に花を咲かせていた。

「ハルカちゃんは旦那さんも音楽やってるって言ってたけど、2人で一緒にやってたの?」
早速名前を呼ばれて、しかも“ちゃん”付けで呼ばれて、ハルカはなんだかくすぐったかった。

「うん、出会った時はお互い別々のバンド組んでたんだけど、付き合うようになってから時々一緒にやってたんだ」
「へぇー、なんかいいね、そういうの。知り合ったキッカケって何だったの?」

彼女もハルカに興味津々だ。

「たまたま同じ日に同じライブハウスでライブやって知り合ったの」
「え〜、なんか運命って感じ!」

「ミサちゃんは?どうやって知り合ったの?」
ハルカも早速名前を呼んでみる。

よそのママを“ちゃん”付けで呼び合うのは気恥ずかしくもあるけれど、彼女のことを“ケンタくんママ”と呼ぶのは何となくしっくり来ない気がした。

「私も実は似たような感じなんだけど、ダンサーの友達が企画したイベントを開催したのが旦那の働いてたお店でね。渋谷にあるMってお店なんだけど、そのイベントで踊った時が最初の出会いだったんだ」
「運命だね〜!」

ハルカとミサはニヤニヤして顔を見合わせた。

出典:写真AC

 

そしてハルカはふと、ミサが言ったお店の名前が気になった。
そう言えばそのお店、知ってる。
しかも行ったことがある。

「旦那さんがそのお店で働いてたのって何年くらい前?」
「うーん…、12,3年くらい前だったかなぁ」

ハルカの中で、カチッと歯車の合う音がした。

「うわ!ちょうどそれくらい前だよ!私行ったことある、そのお店!」
そう、そのMというお店は、ハルカが夫と知り合うキッカケとなったライブの打ち上げで行ったお店だったのだ。

ドラマや映画の中だったら、ハルカとミサが知り合うための伏線みたいなものだ。

「もしかしたらハルカちゃんの方が先にうちの旦那と会ってたかもしれないねー!」
ミサも面白い偶然にすっかり興奮していた。

2人でワイワイと盛り上がっていると、そろそろ滑り台も飽きてきた子どもたちが、今度はママたちに帰りを促す。

「ママー、はやくいこうよー」
「ママー、おなかすいたー」

「ごめんねー、もうそろそろ行こうね」
ハルカとミサはそそくさと立ち上がり、連絡先の交換を済ませた。

出典:写真AC

 

ついさっきまでの女子的会話は自然とスイッチが切れ、子どもたちのひと声でママモードに戻るハルカとミサ。
途中までの同じ帰り道では、もう子どもに関する話題に切り替えられていた。

「ケンタくんはいつもどこに連れて行ってるの?」
毎日の遊び場所を発掘するためには、他のママの情報は欠かせない。

「だいたい公園に連れて行ってるけど、うちのすぐ近くに支援センターがあるからそこによく行ってるよ」
「あ、あの保育園のそばの?」

「そうそう。今度一緒に行こうよ」
「うん、行く行く!支援センターがあるのは知ってたんだけど、まだ行ったことなくて」

公園のようにオープンな空間でない所は、初めてだとなかなか入りづらいから、誰かが一緒なら行きやすい。

「支援センターは土日はやってないけど、お昼も食べられるからけっこうみんなお弁当持って来たりしてるよ」
「そうなんだ!」

お昼に一度帰るとなると、12時を回って帰ってから支度をするのは主婦としては面倒だ。
それなら朝からお弁当を作って持って行った方が楽だ。

子どもが飽きずに遊べるならずっとそこにいてもいい。
ミサともまだまだ話し足りない。

もし今日カナトが児童館に行くことを選んでいなかったら、ハルカとミサをめぐる偶然は浮遊したままで、彼女とは接点も無いままだったかもしれない。
でももしかしたら、その偶然を知る機会はあらゆる場所に用意されていたかもしれない。
どちらにしても、ハルカにとっては引っ越して初めてのママ友であるミサとの出会いは心強いものだ。

ハルカは、ミサとの出会いのキッカケをくれたことと、ミサと話す時間をくれたことへの感謝を込めて、カナトに一言、
「ありがとね」
と声を掛けた。

単なるママ友ではない関係を築けていける期待を胸に帰路に着いた2人は、お互いの中に、ある夢が芽生えていた。

次回は来週公開~夢語り

ライター みらこ
3歳男児に翻弄される日々を送る音楽大好きママ



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