
~ミサと一緒に親子で楽しめる音楽イベントを開催することになったハルカ。
家事や育児の合間にイベントの準備を進めるが、それをよく思わないママ友も……。
そして、さらにいくつかのトラブルが起こる。~
3月下旬からちらほら咲き始めた桜もいよいよ満開になり、あちこちでお花見を楽しむ人たちで賑わうある週末。
ハルカの一家も、近くにある広い公園でお花見を楽しんだ。
いつも仕事が忙しくて帰りの遅いパパは、週末はできるだけ家族と一緒に過ごす時間を大切にしている。
だからカナトは、まるでひとり占めするかのようにパパにベッタリだ。
普段自分にベッタリで疲れてしまうハルカにとって、週末はほとんどパパにカナトをお任せできることが有り難かった。
ハルカのママ友の中では、家にいる時は寝てばかりいて何もしない夫にイライラしてしまい、余計にストレスが溜まると愚痴をこぼす人もいる。
少なくともハルカの夫はそれには当てはまらない。
カナトの面倒をよく見てくれるし、疲れているハルカにも気を遣ってくれる。
仕事で疲れているはずなのに、家族との関わりを人一倍大切にする夫には、本当に感謝しかない。
出典:ぱくたそ
お花見を終え、夕食の買い物をして家に帰ると、カナトがくしゃみをし始めた。
普段なら、埃が鼻に入ったりして1回か2回くらいする程度なのに、連続している。
「ちょっとお外寒かったかな?大丈夫?」
とハルカが聞くと、カナトは鼻をズルズルさせながら、
「うん、だいじょうぶ」
と答える。
そのうちに、ティッシュが何枚あっても足りないくらいに鼻水はダラダラ垂れてくるし、くしゃみもひっきり無しにするようになった。
「風邪引いたんじゃない?」
とパパが心配そうに言う。
でもカナトは頑として、
「かぜじゃない!」
と言い張る。
特にアレルギーも無いし、風邪を引いてしまったことは目に見えて明らかだった。
それでも、親の心配もよそにカナトはいつもと変わらずおもちゃを引っ張り出して遊んでいる。
おでこや首に触れても熱は無さそうだったけれど、これから出てくるかもしれない。
「今日はお風呂入れるのやめとこうか?」
休みの日はカナトのお風呂担当のパパが言う。
「そうだね、熱は無さそうだけど湯冷めしたら良くないしね」
ハルカは夕食の支度をしながら夫の問いかけに答えた。
「ご飯できたよー」
ハルカの呼び掛けに、お腹をすかせたパパとカナトが食卓につく。
今日はカナトの大好物のハンバーグだ。
カナトは嬉しそうな顔をして、率先して号令をかける。
「せーの!いただきます!」
好物のものだと、親に甘えることなく最後まで自分で食べるカナト。
こちらも食べている間に、“ねー、食べさせて”と言われると、つい“自分で食べなさい!”と言ってしまうけれど、全く手を借りずに食べ切ってしまうと、褒めつつも少し寂しく感じてしまうものだ。
「食欲あるなら大丈夫だね。風邪さんすぐにいなくなるよ」
とハルカが言うと、カナトはまた、
「かぜじゃないもん!」
とケチャップのついた口で一生懸命否定した。
カナトのくしゃみは結局眠りにつく前まで続き、お花見もしてきて疲れたのか、20:30頃にはすっかり夢の中だった。
それからハルカと夫は交代でお風呂を済ませ、ハルカはイベントに向けた練習を始めた。
でも、風邪気味のカナトがもしかしたら夜中に熱を出して目を覚ますかもしれない、という予感があったので、早めに練習を切り上げて寝ることにした。
そして夜も深くなった頃、ハルカはカナトが咳をしていることに気がついて目を覚ました。
最初は、寝ている間に唾液が喉に詰まってむせたのかな、と思ったのだけれど、どうやらそうではないようだ。
もしかしたら熱も出ているかもしれないと思いカナトに触れてみると、案の定体が熱い。
予感的中、本格的な風邪だ。
出典:写真AC
ハルカはそっと寝室を出てリビングまで体温計を取りに行き、カナトの体温を計ってみると38度を超えていた。
カナトは咳でうっすらと目が覚めていたようで、熱を計り終えると、
「ママ、のどかわいた」
と小さな声で訴えた。
「お茶持ってきてあげるね」
とハルカが言うと、
「ぼくもいく」
とカナトがついて来たがった。
「カナトはお熱あるんだから、ここで待ってて」
とハルカが小声で言った時、ちょうどパパもうっすらと目を覚ました。
「どうしたの?やっぱり熱出てきちゃった?」
と眠そうな声でパパが言う。
「うん、今計ったら38度5分だった」
「ありゃー、けっこうあるね。カナト、大丈夫か?」
「うん」
カナトは熱で少し潤んだ目で返事をした。
ハルカがキッチンに向かい、カナトのコップにお茶を入れて寝室に戻ると、ほんの数分にも関わらずカナトはパパにペッタリとくっついて再び眠ってしまっていた。
喉が渇いたままなのも可哀想だけれど、わざわざ起こすのもやっぱり可哀想なので、ハルカはベッドのそばにある小さな台にお茶の入ったコップをそっと置き、ティッシュペーパーをかけておいた。
そばに置いておけば、また目を覚ました時にすぐ飲ませられる。
ハルカも、抱き合うように眠る夫とカナトの寝息を確認してから、再び眠りについた。
翌朝、夫のお弁当を作るために早く起きたハルカが、眠っているカナトのおでこに手を当ててみると、まだ熱かった。
今日は病院に連れて行かなければならない。
出典:ぱくたそ
ハルカは3日後にミサとイベントのリハーサルをする予定が入っていて、そのリハーサルが2人で合わせる最初の日だった。
子どもを優先にすべきだとわかってはいても、イベントの開催まで1ヶ月を切っている今、早く合わせておきたい気持ちもあり、ハルカの心の中は複雑だった。
なんとかそれまでに治ってほしい……。
ハルカは夫を仕事に送り出した後、朝一番で近くの小児科にカナトを連れて行った。
カナトは久しぶりの風邪でしんどいのか、口数も少なくハルカの言うことを素直に聞き、診察の間も泣くこと無くスムーズに受けることができた。
いつもハルカの注意したことに反抗してくる子はどこへ行ったんだろうと思うくらいだ。
毎日こんなだったら私もイライラすることなく過ごせるのになぁ、と風邪で辛い思いをしているカナトを前に少しでも思ってしまったことを恥じて、ハルカはすぐにそんな思いを吹き飛ばした。
薬局に寄って帰宅し、手を洗ってリビングに入ると、カナトはそのままソファーに寝転がってしまった。
気づけば今日はおもちゃも絵本も出していない。
ひとまず朝の分の薬を野菜ジュースに混ぜて飲ませ、ベッドで寝かせることにした。
具合が悪い時は寝るに限る。
ハルカはカナトの昼食用に卵とじうどんを作り、自分は同じ具材で卵とじ丼にすることにした。
薬が効いているのか、カナトはお昼が近づいても全く起きる気配が無く、軽く声を掛けたけれどスースー寝息を立てて寝ている。
ハルカは、とにかく寝かせておいてあげるのが得策だと思い、先に1人で昼食をとった。
思いがけず自分の時間ができて手持ち無沙汰になってしまったハルカは、本当はこの時間を使って弾き語りの練習をしたいと思ったけれど、電子ピアノは2階にあり、さすがに熱のあるカナト1人を1階に残したままにはできない。
それならば、とハルカはこの先1週間の食事の献立を考えることにした。
ハルカは、帰りの遅い夫のため、カナトの成長のため、そしてできるだけ自分が体調不良にならないために、日常的に健康に気を遣った食事を作ることを心掛けている。
だから、献立表を書くこともハルカが主婦としてやるべきことの1つになっているのだ。
ハルカが献立を考え始めてしばらく経つと、引き戸を開け放したままの寝室から、カナトが自分を呼ぶ声がした。
すぐに献立表を書く手を止めて寝室に行き、
「お目々覚めた?具合どう?」
とハルカが聞くとカナトは、
「だいじょうぶ」
と答えたけれど、鼻声で痰の絡んだ咳が出ている。
「お昼ごはん、おうどん作ったけど食べる?」
「うん」
「起きられそう?」
「うん」
「抱っこしようか?」
「うん」
出典:写真AC
ひたすら素直に答えるカナトは、まだ赤ちゃんだった頃のような感覚をハルカに思い出させ、とてつもなく愛おしくて優しい気持ちになった。
カナトは普段からよく食べる方で、よく寝たのもあり、器によそった分は綺麗に食べ切った。
その後、熱はまだあったけれど昼間たっぷり寝たのもあり、カナトはようやくおもちゃで遊ぶ元気が出てきたようで、パパが帰宅する22:00頃まで目一杯遊んでやっと眠りについた。
それから3日が経ち、少し鼻水は出るものの熱もすっかり下がって元気を取り戻したカナトを連れて、ミサが予約してくれたスタジオで予定通りリハーサルを行った。
お互い子連れだったので、子どもたちが飽きないようにおもちゃを持参し、時々遊び相手をしながら弾き語りとダンスを合わせた。
ハルカは、自分の曲に振り付けがついて、それを演奏しながら間近に見るという初めての体験に、終始鳥肌が立っていた。
子どもたち2人はその間、ママたちのパフォーマンスを見てはおもちゃで遊び、時々取り合いはあったものの静かに過ごしていて、とてもスムーズにリハーサルを終えることができた。
そしてハルカとミサは次回のリハーサルの日程を決め、イベントまで順調に進めていけそうな予感と共にそれぞれ帰宅した。
その夜。
ハルカはいつものようにカナトを寝かしつけた後、リハーサルの復習をして眠りについた。だが、予想だにしていなかったカナトの夜泣きで起こされてしまった。
そして、そのことをキッカケに、いつもは優しい夫から非難の言葉を浴びることとなたハルカ。
イベントまであと20日。
さらに、夫とのトラブルに連鎖するように、ミサとのトラブルも待っていた。
次回は来週公開~衝突
ライター みらこ
3歳男児に翻弄される日々を送る音楽大好きママ