
【幼稚園のママ友トラブル~ママ友カースト第14話】
友美は娘の梨華の幼稚園が冬休みのあいだ、旦那と離婚も視野に入れながら自分の実家で過ごしていた。だが、いざ自宅に戻るとまだ夫への愛情がある事に気付く。お互いゆっくりと話をし、夫婦関係を改善することができた。梨華も、元通りに幼稚園に通うことができるようになった。そんな中、桜子さんが引っ越す事を耳にする。
取り戻した幸せ
「ままぁ~!いってきまーす!」
「いってらっしゃーい!」
私と梨華は、お互い満面の笑みで手を振る。
冬休みが明けてから、梨華は通常のクラスに戻り、毎日楽しく幼稚園に通っていた。
友美は、心の底からホッとしていた。
少し前まで、本当にどうなるか分からなかったから。
また、毎日幼稚園であった出来事を楽しそうに話してくれる梨華に戻った。
とりあえずは、一安心だ。
「ねーねー!工藤さん、やっぱ辞めたっぽいね。」
幼稚園の帰り道、瞳ちゃんが話し始める。
「バス通園の子に聞いても、工藤さんちは寄らなくなったみたいだし。ゆいちゃんも見ないってさ~。でも先生も特に何も言わないしね。個人情報とか?」
確かに。たとえ辞めたとしても、お友だちが転園するなら何か話しがあってもいいのに。
でも私は、正直もうどうでも良い。
桜子さんに何があろうが、転園しようが私には関係ない。
やっと梨華が立ち直ってきたんだから。
もうこのまま関わりたくない。
お願いだから、静かに消えて欲しい。
口が悪いけど、私の正直な本音だ。
そして結局、噂はうやむやのまま1週間が過ぎた。
私は梨華の様子を聞きに、幼稚園へ呼ばれていた。
「梨華ちゃんね、もうすっかり今まで通りですよ~!お友だちとも仲良くやってるし、相変わらず優秀よ。平仮名なんか、ほとんど読めてるみたい!皆に絵本読み聞かせてて、びっくりしちゃったわ~!」
おばあちゃん先生が、楽しそうに話してくれる。
幼稚園での梨華の様子が想像できて、ちょっと鼻がツンとした。
楽しくやってるんだな、よかった。
思わず感動して、泣いてしまいそうだった。
「絵本は2~3回読めば覚えるので、平仮名を読んでるというよりかは、絵本の内容を暗記して読んでるだけだと思います。」
私は、若干の涙声で話す。
泣きそうになっているのがバレないように、精一杯明るく話した。
「すごいわね。それもこれも、ママが頑張ったからだと思うな。あなたの育児は、素晴らしい方向に向かってる。梨華ちゃんを見てると、とてもそう思う。優しくて、思いやりのある子だもん!」
先生があんまりにも優しい声で、優しい笑顔で、すごくありがたい事を言ってくれるから、私は泣かずにはいられなかった。
「すみません。最近、涙腺がもろくて……。ありがとうございます。」
ぐずぐず泣きながら、先生への感謝の気持ちでいっぱいになった。
「ここ最近、大変だったものね。そりゃあ、精神が不安定にもなるわよ!頑張った頑張った!」
肩をぽんぽんっと叩かれ、私は泣き笑いしながらうなずいた。
「また、何か不安な事があったらいつでも来てください。」
「はい!ありがとうございました。失礼します。」
私は、笑顔で教室を出る。
こんなに晴れやかな気分は久しぶりだ。
心の中の不安やイライラが消えて、霧が晴れたようなすがすがしい気分だ。
“きゃあぁ~!!”
子供たちの楽しそうな声が聞こえて、パッと見渡すと中庭で子供たちが遊んでいる。
その中に、梨華の姿もあった。
お友だちと笑い合って、手を繋いではしゃいでいた。
私は、この上なく微笑ましい気持ちになった。
この光景をずっと見ていたかったけど、梨華に気付かれると寄ってきてしまうので、名残惜しいけれどその場を離れた。
そして、下駄箱に向かったその時。
『……あ…!』
お互い、顔を見合わせた。
桜子さんだ。なんかデジャヴ……。
私は、以前のような心臓が飛び出るような緊張感には襲われなかった。
桜子さんを見ても、自分でも分かるほど冷め切った気持ちだった。
「どうも」
私は、精一杯の作り笑いでやっとこの一言が出た。
早くその場から離れたかったので、いそいそと靴を出して、「それでは」と歩き出そうとした時だった。
「あの!私、引っ越します。」
桜子さんが、私を引き留めるように話しかけてきた。
「そうなんですか……。」
私は、噂は本当だったんだ、と思いながらこうつぶやいた。
「この間見かけた時も言おうと思って……。」
桜子さんは話しつづけようとしたが、私は会話をしたくもなかった。
きっと、引っ越す理由でも話したいんだろう。
でも理由なんてどうでも良いし、引っ越すと聞かされても悲しくも寂しくもない。
ではさようなら、と冷たく言い放ちたいくらい。
だけど私は今、とても優しい気持ちに包まれていた所。
気分を害したくない。
それに、あなたみたいな人間と同じになりたくないから。
だから……。
思ってもない事だけど、棒読みだったと思うけど、こう言った。
「引っ越されても、お元気でいてください。お体に気をつけて。新しい場所に、ゆいちゃんも早く馴染めると良いですね。」
たぶん、ものすごく早口で、引きつった表情だったと思うけど、きちんと言った。
「では、お先に失礼します。」
すごく頑張って笑顔を浮かべ、足早に幼稚園を出てきた。
私は大人として、母として恥ずかしくない態度を取ったと思う。
そう思いたい。
その後、幼稚園のお迎えに行く時間に、瞳ちゃんにさっきの出来事を話した。
「友ちゃん、えらーい!!立派だよ~!私は何て言っちゃうか分からない。てか、引っ越す理由は何だろね?本当に離婚?なんで聞かなかったの?」
「理由は気にならない訳じゃないけど、桜子さんと会話したくなかった。」
私の回答に、瞳ちゃんは爆笑していた。
「ま、理由なんてどーでもいっか!梨華ちゃんが元気になったんだし~。あ、花~!」
子供たちが、元気よく下駄箱から飛び出してきた。
「さ、帰ろうね~!梨華おいで~」
子供たちを連れて、家に向かっている時だった。
「一ノ瀬さん!」
聞いたことある声がして、後ろを振り返ると佐藤さんが立っていた。
「あ!こんにちは~!お久しぶりですね!」
ちょこちょこ連絡は取っていたが、会うのは久しぶりだった。
「じゃあ、私たちは先に帰るね!失礼します~」
瞳ちゃんは、佐藤さんにお辞儀をして帰っていった。
「翔がお菓子買うって言うから、バス降りてすぐに買い物来たの~。よかったら、このままウチに来ない?」
佐藤さんのお誘いで、お家にお邪魔した。
「そう。梨華ちゃん、もうすっかり大丈夫なんだね。よかったよ~」
「はい~。いろいろ、ご心配をおかけしまして。」
私たちは、隣の部屋で遊んでいる子供たちを見守りながら穏やかに話していた。
「そういえば、桜子さんの引っ越しの理由は聞いた?」
「聞きませんでした。さっき会ったんですけど……。」
私がさっきの出来事を話すと、佐藤さんも共感してくれた。
「分かる!私も同じ状況だったら、会話したくないもん。でも、本当一ノ瀬さんすごいよ!私だったら、そんな事言えない!絶対無視する!」
あはははは、とわいわいしながらお茶をした。
桜子さんには申し訳ないけど、すっかり悪口で盛り上がってしまった。
佐藤さんとは、同じ思いをした仲間だから。
分かり合える事がたくさんあるのだ。
今だけは、桜子さんの悪口で大盛り上がりするのを許してください。
「私も、他のお母さんから聞いたんだけど。」
佐藤さんが、桜子さんの引っ越す理由を教えてくれた。
もうずっと夫婦仲が悪くて、常々離婚の話しが出ていた事。
そして桜子さんの、幼稚園での横暴で理不尽な態度を旦那さんが耳にして、堪忍袋の緒が切れたらしい。
旦那さんが離婚を申し出たけど、桜子さんは受理していなかった。
でも旦那さんは我慢ならずに、幼稚園や学校側にも辞めると言っていたらしい。
桜子さんは抵抗していたけど、とうとう正式に離婚届けも出して、本日付で転園・転校を決めたのだ。
「だから先生たちも、ゆいちゃんの転園に触れなかったんだ……。」
私は、唯一気になっていた事が腑に落ちてスッキリした。
「きっと、明日あたりに話しが出るよ。ゆいちゃんのお別れ会はすると思うな。それで、引っ越したら桜子さんの実家へ行くんだって。子供たちも、向こうの公立の学校へ行くみたいだよ。せっかく、私立のエスカレーター式の学校に入ったのに、もったいないよね。まぁ、自業自得か。」
本当にその通り。
自業自得とはこのこと。
もう、2度とこんな思いはしたくない。
でもやっと、この幼稚園と、私の家庭に平和が戻ったのだ。
梨華の事も、旦那との関係も、もうだめなのかと思ったけど。
今の状態までに戻って来れて本当によかった。
けれど……。
人々は、同じ事を繰り返す生き物だ。
特に女同士のトラブルはつきないもの。
それは、いくつになっても、人の親になっても同じ。
小さな世界で繰りかえされる。
次回は最終回
ライター O. 2児の母です