
息子が通う幼稚園に、全てを思い通りに動かさなければ気が済まないボスママがいる。
幼稚園の行事では仕切ってくれてすごく頼りになるママだけど、ちょっとでも反抗すると機嫌が悪くなり口もきいてもらえなくなる。
プライベートにまで入ってきてしまうボスママの対応に困ったママ達と私の悩める日々のお話。
息子のユウが通う幼稚園に、『ボスママ』と呼ばれている人がいる。年長と年少の子供をもつ二児の母。見た感じはとても綺麗な人で、人見知りとか物怖じしない性格のママ。
ユウの入園式の時に声をかけられ仲良くなったんだけど、その時に言われたのが彼女の呼び方。『〇〇のママ』と呼ばないで……と。
子供が2人いて使い分けるのがめんどくさいのと、そういう呼び方が嫌だってことで、彼女の下の名前『レイカさん』と呼ぶように、と言われた。
言われた時はちょっと驚いたけど、嫌な理由にも納得できたし、名前で呼べることになんだか親しみを感じる気がしたからそう呼ぶことにした。
レイカさんは、物事をハッキリ言う人だから年少のクラスでもママ達のまとめ役になっている。
幼稚園の行事があると、自ら仕切って動いてくれて私を含むママ達はとても助かっていた。
そんなレイカさんのことがママ達は大好きで、「レイカさんと一緒の学年の子供がいてよかった」なんて言っていた。
レイカさんは面倒見もよくて、ママ達の育児の相談にものってあげていた。先輩ママとしてとても頼りになるかっこいいママ。
そして、みんなでお茶したりランチに行ったりする時も、レイカさんが仕切ってくれていてクラス全員が出席するくらいの人気ぶりだった。
そんなある日、幼稚園近くの公園に年長クラスのママが集まっていた。私は近くを通る際に
「こんにちは」
と挨拶をした。すると、1人のママが私に気づき
「こんにちは。あら?年少クラスのユウくんのママよね?」
と声をかけてきた。
「はい……。」
と私は立ち止まり頷いた。
「ヤダ。わからなかった?私よ。去年まで一緒のサッカー教室に通ってたヒロシの母親よ。」
と言われ、一瞬考えたけどすぐに思い出した。
ユウが通っているサッカー教室で去年まで一緒だったヒロシくん。年長になった時にやめちゃったから最近会ってなかったけど、一緒の幼稚園だったなんて知らなかった。
ヒロシくんママが
「同じ幼稚園だってこと私も知らなかったわ。でも最近リキくんママに聞いてずっと話したいと思ってたのよね。」と言った。
私は
「リキくんママ?」
と聞き返した。
「あっいけない。この呼び方だとわからないわよね。レイカさんのことよ。」
と笑いながらヒロシくんママが言った。
「レイカさんの上の子ってリキくんって言うんですね。同じクラスのマキくんは知ってたけど、上の子の名前までは知らなかった。」
と私が言うと、
「レイカさん子供のママって呼び方嫌いだからね。昔からそうなのよ。」
とヒロシくんママが答えた。
「そういえば、みなさん何でここに集まってるんですか?」
と聞いた。
「うん。ちょっとトラブルっていうか揉めててね。話し合ってたの。」
とヒロシくんママがため息をつきながら言った。
「そんな大変なトラブルなんですか?」
と聞くと、
「ユウくんママもこれからそうなるかもしれないからちょっと教えておくね。」
とヒロシくんママが私の手を引いてママ達の輪から少し離れたところに連れて行った。
「あのね、レイカさんのことなんだけど……。」
と小さな声でヒロシくんママが耳打ちしてきた。
「え?レイカさん?」
と私は驚いて思わず声を出してしまった。
「ユウくんママ声が大きいよ。」
と慌てて周りを見渡すヒロシくんママ。
そして
「レイカさんって年長・年中クラスのママ達には『ボスママ』って言われてるの。まず全てにおいてリーダーシップを取るでしょ?色んな事を仕切ってくれて、最初はよかったんだけどね。」
と言ったところで私が
「そうですよ。レイカさんって嫌な顔しないで全部仕切ってくれるから、年少クラスのママ達はすごく感謝してるんですよ。」
と小さな声で言った。
「最初はね……。私達もそう思ってたの。レイカさんと一緒にいるの楽しかったし、仕切ってくれることに感謝してた。でもね、それは最初だけだったのよ。」
と言ったところで少し間をおき神妙な顔をしてこう続けた。
「この間、いつものようにレイカさんがみんなでランチに行こうってママ達を誘ってたの。その時たまたま都合が悪くて行けないママがいてね。その時はレイカさんも笑って大丈夫よって言ってたんだけど、ランチに行った先ですごい剣幕でそのママの悪口ばかり言ってて。みんなそれにどう返事していいかわからないし大変だったのよ。そして次の日からそのママのこと無視し始めちゃって。私達にもそのママを無視しろって言うしほんと困ってるのよ。」
とヒロシくんママはため息をついた。
「レイカさんが……?そんなこと。」
と言葉を詰まらせていたら、
「レイカさんって自分の思い通りにならないと気が済まない人なの。今は年少クラスのママ達がレイカさんの言う通りについていってるからいいけど、それもいつまでも続くことじゃない。誰にだって予定とか都合があるんだから、断ったり嫌だっていう人もいる。でもレイカさんはそれを許さない人なのよ。だからね、ユウくんママ。レイカさんにはほんと気を付けてね。」
とヒロシくんママは私の手を握り、ママ達の輪の中に戻っていった。
公園からの帰り道、私はヒロシくんママが言っていたことを思い返していた。
『レイカさんが?そんな感じには見えない……。』
と何を信じていいのかわからなくなっていた。
それからしばらくして、年少クラスで親子遠足が行われることになった。いつものようにレイカさんが色々仕切ってくれてうまくいくように思われた。
親子遠足当日、パパも一緒に来ているところもあって、遠足はとても楽しく行われると思われていた。しかし、そのパパの参加があったがためにレイカさんのご機嫌を損ねてしまうことになってしまうとは誰も予想していなかった。
お昼ご飯の時間。レイカさんの計画では全員レジャーシートをくっつけてみんな一緒に食べようってことだった。しかし、パパが参加しているところは少し離れたところにシートをひいて、家族水入らずでお弁当を食べ始めた。
それを見たレイカさんが、
「何あれ?幼稚園の親子遠足なのに、家族だけでお弁当を食べるなんて空気読めないのかしら?パパが輪の中に入れないなら来なければいいのよ。」
と怒りながら言った。
みんなどう返事をしていいかわからず、
「お弁当食べましょ」
と子供に言ってその場をごまかしていた。
それからレイカさんはパパが来ているママとは一切話そうとせず、あからさまに態度を変えていた。みんな一時的なことだろうと思い、誰も何も言えずにレイカさんのことを見ていた。
しかし、それは一時的なことではなかった。親子遠足が終わってからもレイカさんの態度は変わらず、数人のママ達を無視し続けていた。
みんなどうしていいかわからず困り果てていたが、レイカさんの監視が厳しくて結局ママ達みんなで無視するような空気ができてしまっていた。
そんなある日、レイカさんがみんなでお茶しましょうと自宅に招待してくれた。しかし、その日はたまたま多くのママ達の都合が悪く、参加者はほんの数人になってしまった。
レイカさんはいつものように笑顔で大丈夫だと言っていたが、案の定私を含む数人の参加したママに来れなかったママの悪口を言っていた。最初はちょっと怒った感じだったが、段々ヒートアップしていき、ママ達の色んな秘密まで暴露し始めた。
「レ、レイカさん。それは言い過ぎなんじゃ……」
と私が言うと、レイカさんは
「何?ユウくんママはあの人たちの味方なの?レイカの敵なの?」
と私を睨みながら言った。
「え?いえ。レイカさんの敵だなんて……。」
と私がつぶやくと、
「そうよね。」
と満面の笑みで答えた。
そのお茶会は結局レイカさんの悪口大会になってしまい、すごく辛い時間だった。
ある日マキくんがお休みでレイカさんもいないことがわかり、クラスのママが集まった。レイカさんのことどうしよう?という話をしたが、結局対策は何もなく、なるべく機嫌を損ねないよう誘いも極力断らないようにするしかない・・・という結論になった。
レイカさんが『ボスママ』と呼ばれていることにやっと納得できた。でも誰もボスに逆らうことなんてできず、あと2年この付き合いを続けていかなければならない。
ボスママのレイカさんのご機嫌を伺いながら、今日もランチに出席すると笑顔で答えるしかないママ達と私だった……。
ライター ユーア
息子2人と娘、3人の子供がいます。